オールドヴァイオリンの魅力
オールドヴァイオリンは文化財
博物館に展示されているような文化財的にも価値の高い楽器。作られて既に200~350年経過してもなお眩いばかりの輝きを放ち、その姿は申し分なく、惚れ惚れするほどに美しい、そしてこの上なく美しい音を奏でる。それこそがオールドヴァイオリンの魅力です。そのような楽器に関わることができる仕事に心から喜びを感じています。銘器と呼ばれる楽器の中には、例えば稀代の名手が使用していた楽器、などと輝かしい来歴を持つ楽器なども存在するわけで、そんな満足感を買う世界でもあります。とにかく楽器自体の造形美ですね、一本一本違う形で、アーチにしてもスクロールにしても独特の美しさがあります。特にオールドの場合は現代と違って素材に至るまで純然たるイタリアンです。それもオールドの魅力です。日本で侍が闊歩していた時代のものが今に生きてその存在感を発揮していること自体が奇跡です。
違いはアーチング
オールドヴァイオリンとモダンヴァイオリンの一番の違いはアーチングなのです。アーチングとは表板と裏板の膨らみのことです。モダンヴァイオリンはストラディバリウスモデルで作られているものがほとんどで、もちろんストラディバリウスにも初期と晩年にアーチの深い楽器はありますが、中期あたり 1700~20年くらいのストラディバリウスの完成形といわれる楽器のモデルが非常に多いのです。
そのモデルは膨らみが少なめで横幅も広く、決まりきった形のF 字溝のライン、このようなスタイルの楽器がモダン以降は多く作られてきました。現代の新作楽器も殆どがストラディバリウスモデルを基本に作られている場合が多いです。中にはガルネリモデルなど少し形の違うモデルもありますが、やはり共通してアーチは浅めです。
それに比べてオールドヴァイオリンは基本的にアマティモデルです。アンドレア・アマティが考案したもので、その息子たちに受け継がれます。その中でもニコラ・アマティは、ストラディバリを始め多くの名工たちを育てたことでも知られていますが、その作風は深いアーチが特長です。アーチがあるというのはどういうことかと言うと、アーチがあることで300年以上経ってもその形を保てているのです。ギターのように平らだったらとっくに凹んでしまい使い物にならなくなってしまっていたと思います。
ヴァイオリン製作の技術で最も優れていたのはニコラ・アマティで、その系譜の作家がやはり技術的に一番優れていたとされています。絶妙なアーチング、素晴らしいコーナーの処理、美しいニス、下地の処理が素晴らしく仮に表面のニスが剥がれても下地は黄金色の輝きを放っている、それが究極のオールドヴァイオリンです。
アマティも晩年にはフラットなタイプのヴァイオリンも製作していますが、それを手本にしたのがストラディバリで、よりフラットな形として完成させました。面白いことにそのストラディバリも最晩年には原点回帰したかのようにアマティをひと回り大きくしたようなアーチの深い楽器も製作しています。
当時のヴァイオリンはアマティのようなアーチの深いものが一般的でしたので、作家は皆アマティのように作りたかったのです。アマティモデルがイタリアンオールドヴァイオリンの最高峰であることは間違いのないところです。
モダンヴァイオリンの始祖と呼ばれているのはプレッセンダですが、彼はストラディバリウスをモデルにしたヴァイオリンを製作しています。これ以降ほとんどの楽器がストラディバリをモデルに製作されることになるのです。
モダンヴァイオリンはなぜストラド形なのか
1800年代以降、クラシック音楽の主流がイタリアからフランス、ドイツなどに移行していったことと関係しています。ヴァイオリン製作もフランスでの製作が盛んになってゆきます。パリの楽器商J.B.ヴィヨームがストラディバリの価値を上げたと言われていますが、その素晴らしさに着目し多くのストラディバリを販売しました。ストラディバリはアマティに比べて新しい分、その数も多く販売するには格好の楽器だったのです。そしてストラディバリをモデルに多くの楽器が製作されるようになりました。その理由としては、伸びやかで大きな音が出るという特長ばかりでなく、構造の部分も大きく関係しています。ストラディバリ型はアマティ型に比べてアーチが低い分、製作しやすいといわれています。逆にアマティ型はアーチも高い分、構造もより複雑でした。製作する際もより高い技術が求められます。アーチの高いアマティ型は表板もストラディバリ型に比べてより薄く加工されていましたので、その分より繊細な処理が必要でした。雛形にするのに相応しいとは言えなかったのです。そしてストラディバリ型のコピーが多く製作されればされるほど、このスタイルのデータも蓄積されてゆきます。ヴァイオリン製作には型も必要ですから、ストラディバリモデルの型が後世に受け継がれてゆくことになりました。
オールドにはオールドでしか出せない音があるのです。独特の膨らみを持った楽器にしか出せない音があり、それも魅力のひとつです。イタリア全盛の時代にはドイツ系の製作家も数多く滞在していました。テヒラーやプラットナー、ゴフリラーなどが有名ですが、彼らの製作する楽器には、一部ですが故郷の楽器のようにやや濃いめのニスを使った楽器も残っています。しかしドイツ国内の事情は少し特異で、アマティと同時代の作家ヤコブ・スタイナーの個性的なアーチ形状のスタイルで製作されていた関係で、世界的な名器と呼ばれるような高額な楽器は多くはありません。
1800年代になると、フランスでストラド型のヴァイオリンの製作が盛んになりますが、そこでは濃いめの赤いニスが使われます。イタリアのニスは赤というよりオレンジ色や黄色に近い透明感がある明るい色合いでしたが、フランスの赤い楽器は古くなるとニスが黒ずんできてしまったり、ニスが剥がれてくるとイタリアンと違って下地が白んできたりすることが多いです。これは下地の処理の違いで、イタリアンには独特の下地処理の技術、目止めの技術があったからだと考えられます。